The Dynamism of the Void and Universal Buddha-Nature: A Convergence of Quantum Cosmology and the One Vehicle Doctrine
【概要 (Abstract)】
人類の知性史において、物質世界の究極を探求する「物理学」と、内面世界の究極を探求する「仏教」は、長らく別個の領域として扱われてきた。しかし、現代物理学がニュートン力学的な「固定的実体」の世界像を放棄した今、その視座は驚くべきことに、2500年前の仏教思想、特に大乗仏教が説く世界観と急速に接近している。
本論は、般若経典の「空(Śūnyatā)」および華厳経の「事事無礙法界」の概念を、量子力学および超弦理論の知見と照合し、自己と宇宙の境界消失がもたらす論理的帰結として、無生物を含む全宇宙への「仏性(Buddha-nature)」の拡張(汎心論的転回)の必然性を論証するものである。
1. 実体の解体:「色即是空」と量子場の理論
1.1 粒子の不在と「場」のゆらぎ
『般若心経』における「色即是空(Form is Emptiness)」は、物質(色)には固定的な実体がないことを宣言する。これはかつて宗教的な直観とされたが、現代の量子場の理論(Quantum Field Theory)においては、物理的事実として語られる。
素粒子は、確固たる「粒」として存在するのではなく、宇宙全体に広がる「場(Field)」の局所的な励起状態(振動・ゆらぎ)に過ぎない。つまり、仏教が説く「空」とは虚無ではなく、あらゆる現象を生み出すポテンシャルを持った「量子真空」のダイナミズムそのものである。
1.2 縁起と関係性の宇宙
ナーガールジュナ(龍樹)が説いた「縁起(Dependent Origination)」は、あらゆる存在が独立してあるのではなく、関係性の中にのみ存在することを示した。
これは量子力学における「非局所性(Non-locality)」や「量子もつれ(Entanglement)」の概念と共鳴する。観測者と対象、A地点とB地点の粒子は、空間的に離れていても不可分な相関関係にある。この世界像において、「独立した個(アートマン/素粒子)」という概念は、巨視的な錯覚に過ぎない。
【関連研究・参考文献】
- Fritjof Capra, The Tao of Physics (1975): 現代物理学と東洋思想の類似性を指摘した先駆的研究。ハドロンのブートストラップ模型と仏教の相互依存性を接続した。
- Carlo Rovelli, Helgoland (2020): ループ量子重力理論の旗手が、量子力学の解釈としてナーガールジュナの「空・縁起」を引用し、関係性としての物理的世界を論じた。
2. 全体性の回復:「一乗」とホログラフィック宇宙
2.1 インドラの網と超弦理論
『華厳経』は、「インドラの網」という比喩を用いて、一つの宝珠の中に他のすべての宝珠が映り込んでいる(一即多・多即一)という重重無尽の縁起を説く。
この直観は、現代の超弦理論(Superstring Theory)やホログラフィック原理が示唆する世界像に近い。宇宙のあらゆる情報は、微細な振動や境界面の情報として全体にコード化されている。最小単位の中に全体が含まれるというフラクタル構造は、法華経が説く「一乗(One Vehicle)」──すべての現象は究極的に一つの真理(実相)の現れである──という思想の物理的表現と言える。
2.2 ウパニシャッドへの回帰と止揚
ここで注目すべきは、初期仏教が否定したウパニシャッド哲学の「梵我一如(Atman = Brahman)」への回帰的な構造である。
ブッダは「無我(Anātman)」によって固定的な「個」を解体したが、大乗仏教は「空」を経由することで、再び宇宙全体との一体性を「大我」や「仏性」として回復させた。これは単なる先祖返りではなく、否定を通過したことによる高次の統合(アウフヘーベン)である。
物理学もまた、原子論(個の肯定)から量子論(個の解体・確率解釈)を経て、統一場理論(全体性の回復)へと向かう、同様の螺旋的発展を遂げている。
3. 結論:非情成仏の論理的必然性
3.1 「草木国土悉皆成仏」の再定義
以上の前提(自己と宇宙の境界の物理的・哲学的消滅)に立つとき、一つの論理的帰結が導かれる。
もし、人間の意識の深層が宇宙の根源(量子真空/阿頼耶識)と接続されており、そこに「仏性(覚醒の性質)」が宿るとするならば、その根源から生じている物質(山川草木)もまた、等しくその性質を帯びていなければならない。
道元禅師は『正法眼蔵』「無情説法」において、無生物(無情)が真理を説いていると述べた。これは詩的表現ではなく、「観測者(意識)」と「対象(物質)」が、根底において同一のフィールド(如来蔵)の振動であるという、極めて物理学的な洞察である。
3.2 汎心論的宇宙観への転回
「私(意識)」と「世界(物質)」を分ける境界線が幻想であるならば、意識の属性(仏性)を人間だけに限定する根拠は失われる。
結論として、法華経の「万人が成仏できる」という教えは、人間中心主義を超え、「宇宙そのものが仏性の動的なプロセスである」という汎心論(Panpsychism)的リアリズムへと拡張されなければならない。
これは、David Bohmが提唱した「暗在系(Implicate Order)」──物質と意識は、より深い共通の基盤から展開されたものである──という科学的仮説とも完全に合致するものである。
【関連研究・参考文献】
- David Bohm, Wholeness and the Implicate Order (1980): 意識と物質を分離せず、全体的な流れ(ホロムーブメント)として捉える理論。
- Roger Penrose & Stuart Hameroff (Orch-OR Theory): 意識の起源を脳内の微小管における量子プロセスに求める仮説。意識が宇宙の基本的な性質(プロト・コンシャスネス)である可能性を示唆。
- 西田幾多郎『善の研究』: 「純粋経験」の概念を用い、主客未分の状態こそが実在であるとした京都学派の哲学。
(この論文の、簡易説明版の記事はこちら→【思想・宇宙観】物理学と仏教の接続 ── なぜ「物質」にも仏性が宿るのか、その論理的必然について)

